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東京地方裁判所 昭和55年(ヨ)2050号 決定

債権者 日製電子株式会社

右代表者代表取締役 石川良吉

右訴訟代理人弁護士 山岸良太

同 相原亮介

同 飯田隆

右訴訟復代理人弁護士 久保利英明

債務者 株式会社植田製作所保全管理人阿部昭吾

右訴訟代理人弁護士 渡邊顕

同 岡本岳

主文

一  本件申請を却下する。

二  申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

1  債務者の別紙目録一記載の物件に対する占有を解いて、千葉地方裁判所執行官に保管を命ずる。この場合においては、執行官は、その保管にかかることを公示するため、適当な方法をとならければならない。

2  債務者は、右物件について譲渡、質入その他の処分をし、この占有を移転し、占有名義を変更し、これを使用し、又はその現状を変更してはならない。

二  債務者

主文一項と同旨

第二当事者間に争いのない事実

一  債権者は、電子部品の販売を業とする会社であり、申請外株式会社植田製作所(以下「申請外会社」という。)は、制御用電気機器、医療機器等の製作販売を業とする会社である。

二  債権者と申請外会社は、昭和五二年一〇月一日、債権者の取扱製品の継続的販売に関し、継続的売買契約を締結したが、右契約においては、次のような約定(以下「本件約定」という。)が含まれていた。

1  申請外会社が自ら更生の申立てをしたときは、債権者は、何等の催告を要しないで右契約を解約できる。

2  右の場合、申請外会社の在庫品中に債権者から購入した製品が現存するときは、代金の支払の有無に拘らず、債権者は、その物品の売買契約を解除できる。この場合、同物品の所有権は当然債権者に戻り、申請外会社は、遅滞なくこれを返還する。

三  債権者は、申請外会社との間で、昭和五五年八月一日から同年九月一九日までの間に、別紙目録一記載の物件(以下「本物件」という。)を申請外会社に売渡す旨の売買契約を締結し、いずれも申請外会社に納入済である。

四  申請外会社は、昭和五五年九月二九日東京地方裁判所に対し、会社更生手続開始の申立てをし、同裁判所は、同日阿部昭吾を保全管理人に選任した。

五  本物件のうち少なくとも別紙目録二記載の物件は、申請外の在庫品中に現存する。

六  債権者は、昭和五五年一〇月一日ころ債務者に到達した書面でもって、本件約定に基づき、債務者に対し、右継続的売買契約を解約し、かつ本物件についての売買契約をすべて解除する旨の意思表示をした。

第三争点

一  債権者の主張

1  被保全権利について

申請外会社の残庫品中には本物件が全部現存するので、本件約定に基づき、債権者は、債務者に対し、本物件につき所有権に基づく返還請求権を有する。

2  保全の必要性について

本物件は、いずれも制御用電気機器や医療機器の一部品であり、一品の大きさはいずれも極めて小さい。そのうえ、申請外会社が右機器等を製作するにあたり、使用する材料、部品の大部分は、申請外会社所有のものであり、本物件は、極めて少数のものしか使用されない。したがって、本物件が右機器等に組立てられてしまえば、本物件に対する債権者の所有権は、附合により消滅してしまうことになる。また、本物件が第三者に販売譲渡されてしまうと、即時取得により、債権者の追及は不可能となる。そこで、債権者は、債務者に対し、本物件の所有権に基づく返還請求訴訟を準備中であるが、かくては、本案判決を得ても執行不能となるので、本件申請に及んだ。

二  債務者の主張

1  被保全権利について

本件約定は、無効である。すなわち、本件約定のような特約は、会社更生手続が開始されるまでの経過の中で必ず生ずるはずの事実を解除権の発生原因としているから、この特約がある限り、一定の財産的価値あるものとして更生会社の再建のため必要な財産を構成するはずであった権利は、売主が欲する限り常に消滅させられることになる。すなわち、このような特約は、客観的には、本来、更生会社の財産として会社再建のために用いられるべき財産を、特定の債権者が事前に奪取することを目的とするものであるといわざるを得ない。このような特約を保全管理人が選任された後の手続においても有効であるとすれば、更生会社再建のための貴重な財産を特定の債権者の意思によって徒らに会社外に流出させられて、会社再建という会社更生手続の目的を害することになるのは明らかである。そこで、かかる結果を招来する本件約定は、申請外会社に対する保全管理人として債務者が選任されている現在において、その効力を認めないのが相当といわなければならない。

したがって、本件約定に基づく本物件についての売買契約の解除は無効であるから、債権者は、本件申請の被保全権利たる本物件の所有権に基づく返還請求権を債務者に対し有しないことになる。

2  保全の必要性について

本物件のうち、別紙目録二記載の物件は、現在保全管理人たる債務者によって保全されているから、被保全権利の有無にかかわらず、債権者があえて本件申請により執行官保管を求める必要性は全くない。

第四当裁判所の判断

一  会社更生法は、会社更生手続開始と同時に、管財人を選任し、これに会社の代表機関が有していた会社の事業の経営並びに財産の管理及び処分をする権利が専属する(五三条本文)旨規定する。したがって、管財人は、その選任の効力発生と同時に、更生会社の従来の法律関係において、通謀虚偽表示に関する民法九四条二項、詐欺に関する同法九六条三項、解除に関する同法五四五条一項但書にそれぞれ規定する「第三者」の地位にあるものと解するのが相当である。そして、この理は、会社更生手続開始前において、その選任の効力発生と同時に会社の代表機関が有していた会社の事業の経営並びに財産の管理及び処分をする権利が専属する保全管理人(四〇条一項本文)についても、同様にあてはまるものと解される。そうすると、本件約定に基づく申請外会社との間の本物件についての売買契約の解除に民法五四五条一項但書の適用があることには何ら異論がなく、債権者による右解除の前である昭和五五年九月二九日に東京地方裁判所による申請外会社に対する保全管理人として債務者が選任されたことは当事者間に争いがないので、債権者は、民法五四五条一項但書により、債務者に対し、本件約定に基づく本物件についての売買契約の解除の効果、すなわち、本物件の所有権が債権者に復帰したことを主張することができない。

二  のみならず、会社更生法は、更生会社の更生債権者、株主その他の利害関係人の利害を調整しつつ、その事業の維持更生を図ることを目的としている(一条)ので、会社更生手続開始を予想し、その申立てと同時に、会社更生手続の右目的を害しつつ、一方当事者の利益のみを擁護する特約は、右手続との関係では効力を有しないと解するのが相当である。ところで、前記当事者間に争いのない本件約定の内容からすると、本件約定が、申請外会社の会社更生手続開始を予想し、その申立てと同時に、本来更生債権となるべき債権者の申請外会社に対する本物件についての代金債権を会社更生手続外で一方的に回収することを目的としていることは明らかである、そこで、会社更生手続開始後も公示手段の具備が認められない本件約定に効力を認めるならば、他の更生債権者等との権衡を著しく失するうえ、申請外会社の事業の維持更生に必要な財産を会社外に流出させて会社更生法の前記目的を害することになる。そして、この理は、保全管理人による管理命令及びいわゆる弁済禁止の保全処分が発せられた後の手続においても同様にあてはまるところといわなければならない。したがって、前記のとおり東京地方裁判所により債務者が申請外会社に対する保全管理人に選任され、申請外会社に対していわゆる弁済禁止の保全処分が発令されている(この事実は、当裁判所に顕著である。)本件では、この手続との関係においても、本件約定の効力を否定するのが相当であり、債権者は、債務者に対し、本件約定による本物件についての売買契約の解除の効果、すなわち、本物件の所有権が債権者に復帰したことを主張することができない。

三  以上のとおり、債権者が債務者に対して本物件の所有権を主張することは許されないので、本件申請は、その被保全権利である本物件についての所有権に基づく返還請求権の疎明が充分でないことになる。また、右疎明にかえて保証をたてさせることは事案の性質上相当でない。

よって、本件申請を却下することとし、申請費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 井上弘幸)

〈以下省略〉

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